哲学的なタイトルですが、要は L と R の発音のお話。
というわけで、標準的なアメリカ人には、日本語の「りゅう」と「ゆう」の区別はつかない。という仮説。もうちょっと聞いて回ってみるつもり。
認識できる音階、音って、文化によって違っていて、この間会社の先輩に聞いた話だと、音階を22くらいに分けている民俗があったりするそうです。
ってことは、日本の中でも、様々な地方で方言あるので、聞き取れる音とか違ったりするのかなぁと思ったり。
僕は鹿児島出身ですが、田舎の方でおじいちゃんおばあちゃんが話している鹿児島弁は、はっきりいって半分以上理解できません。
そういえば、うちの息子は電車のことを「グゥングゥン」って言うんですね。「がたんごとん」じゃなくて、もっとリアルに聞こえてきている音を真似してるわけです。
こういうのが、「電車の音」といったら「がたんごとん」という共通認識に、次第に適応していくのっておもしろいですよね。
コメント (2)
『耳では聞こえてるけど、脳では同じ音として扱う。』ってことでは。
まぁ、言い換えといわれればそれまでだけど。
Posted by: とへ | 2007年8月16日 06:28
脳では同じ音として扱うわけですか。
なんかその辺の仕組みが、人体の神秘だなぁと思っちゃうわけです。
Posted by: Chris | 2007年8月18日 21:44