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2006年4月 アーカイブ

2006年4月30日

国家の品格

会社の先輩から借りて読みました。売れてるみたいですね。

ちょっとそれは言い過ぎだろうと思う部分も多々ありますが、論理性ばかりを追うのではなく情緒を分かる心を育てるのが大事だという大筋の論には賛成です。

「一番困るのは、情緒に欠けて、論理的思考能力はばっちり、というタイプの人です」というのも納得。仕事をしている上で、「この人の言っていることは分かるんだけど、なんか釈然としないなぁ」と感じるときは、これが原因のようです。

あと、「真の国際的な人間を作るには、まず国語から」という論旨もなるほどなぁと思いました。小学生から英語が喋れたって、喋るべき内容がなければ、国際人として尊敬されることはないそうです。同じことがパソコン教育にも言えますね。

小学生のうちからコンピュータに触れさせたからと言って、パソコンで実現できる様々なこと(文章を書いたり、映像作品を作ったり、音楽作品を作ったり)のためには、まず自分の中に情緒を感じる心と、それを表現するための知識を貯め込まないといけないのです。

僕は早いうちからパソコンを触らせるのは良いことだと思っていたのですが、うまく誘導してやらないと、ただただインターネットやゲームに興じるだけの人に育ってしまうのですね。息子の教育に役立てなければ。

もう1点、おもしろかったのは、バカの壁の養老孟司さん同様、この本の作者藤原正彦さんも、日本には「エリート」が必要だと説いているところです。「平均化」「格差なし」を訴えて、平等な社会をアピールしている今の日本のままでは、どうやら未来はなさそうです。

両方とも大ヒットしている本なので、未読の方は読み比べてみてもおもしろいですよ。

2006年4月29日

親子2人でお留守番

妻が友人の結婚式に出席するために、朝6時半から大阪に向けて発ちました。帰ってくるのは深夜0時頃。

今日は僕と息子と2人でお留守番でした。

最近の息子は風邪をひいて下痢と鼻水が出続けていたのですが、元気自体はありあまっている感じで、油断するとすぐにハイハイで移動しちゃうんですよね。

ちょっと前までは、お座りの姿勢をとらしていたら大人しくしていたのですが、お座りからハイハイの姿勢へのスムーズな体重移動を覚えてからは、落ち着くまもなくすぐにハイハイ。

寝っぱなしのときから、部屋の隅にあるテレビのコードや、僕らがはいているスリッパが気になっていたらしく、ちょっと目を離すとコードやスリッパのところへ移動しちゃいます。

おかげで気が休まることなく、オムツをかえ、ご飯を食べさせ、なんてやっていたらもうお昼。

息子をスリングに入れて、谷中銀座までお散歩に行ってきました。

お目当ては、後藤の飴屋で売っているかりんとうと、すずきのメンチカツ、パン屋ATOMの石焼釜ピザ。全部食べ物ですね、これ。どれも美味いんですよ。

ところが、結局買えたのはかりんとうだけ。すずきの前には長蛇の列ができていて、ATOMのピザは僕が行ったときにはまだ焼き上がってませんでした。残念。

すずきの横にインド料理の店が開店していました。店頭でナンやタンドリーチキンやDELIを売っていたので、買おうかと迷ったのですが、息子がちょっとぐずりだしたので止めておきました。

家に帰って、ミルクと薬を飲ませたら眠そうにしていたので、2人でお昼寝。2時頃から夕方5時頃まで寝ちゃいました。

5時過ぎに起きて、またしばらくおもちゃで遊んであげ、隙をみて風呂を磨き、7時頃から離乳食タイム。レトルトのお粥は気に入っているみたいでしたが、レトルトのほうれん草はかなり気に入らないらしく、食べさせるとまずそうな顔。「ほれ、食べな」と口に持っていっても、口を真一文字に結んで「んー!」と言い、受信拒否です。「そんなに嫌がるなら食べなくていいや」と早々に諦めて、2人で風呂へ。

風呂上がりにミルクを飲ませると、もうウトウトモード。そのままそっとベッドへ運んで、一丁上がりです。

0時頃妻が帰ってきてくれて、ようやくほっと一息つけました。

特に何をしたってわけでもないのですが、目が離せない子供の面倒を一人で見るのって、想像していた以上に気を遣うし、神経が疲れるんだなぁと実感しました。

2006年4月28日

モナリザの謎

ダ・ヴィンチ・コード」を読んで、絵画に秘められた謎にすっかり魅せられてしまいましたが、こんなページでも「モナリザ」の謎について独自の見解を述べています。

モナリザ「男女融合の秘密」

「モナリザの絵を顔の中心で縦に分割し、左右入れ替えてくっつけると2人の男女に見える」というの大筋の主張。

なかなか面白い主張で、確かにそういわれてみるとなるほどなぁと納得してしまいます。

ダ・ヴィンチは一つのものに複数の意味を持たせるのが好きだったようなので、このページが主張している意味も持たしているような気がします。実に幾通りもの解釈の仕方がある絵という意味で、ダ・ヴィンチは自分の最高傑作と言っていたのでしょう。

2006年4月27日

エロカワイイ場所

最近、変にエロい場所を発見しました。

デパートの子供服売り場です。

何がエロいって、子供服を売っているお店の店員さん。ああいうお店は売っている服を店員が着て良さをアピールしていたりするんですが、売っているのが子供服なんで妙にロリっぽいわけですよ。

今風に言うとエロカワイイって言うんですかね。

子供がいなければ、まず気が付かない穴場のポイントでした。

ま、そういう場所には子供連れで行くんで、その光景を楽しむ余裕なんてないんですけどね。

2006年4月26日

ディック・フランシス「奪回」

会社の先輩からディック・フランシスの「奪回」を借りて読みました。

ディック・フランシスは1960~70年代に活躍した英国のミステリー作家。

元軍人であり、元障害馬の騎手であり、元新聞記者であった彼は、その経験を活かしたミステリ作家になります。特に競馬騎手時代の経験から、競馬を事件に絡めたミステリを何作か書き上げ、ディック・フランシスと言えば「競馬シリーズ」と言われるようになったとか。

僕が借りた「奪回」は、氏の中期の作品で、「競馬シリーズ」の中の一作。誘拐事件を専門に扱う会社の調査員が主人公で、誘拐される人物が競馬界に関係しているというストーリで、「競馬シリーズ」と言うには半ば強引な気もします。

昭和60年の初版本を借りたのですが、言葉遣いや時代背景が若干時代を感じさせるも、物語の骨格は今読んでも全く違和感はなく、素直に楽しめました。

2006年4月25日

米Amazonでテレビ番組をDVD-Rに焼いて販売

米Amazon、テレビ番組のオンデマンドDVDサービスを開始

アメリカのAmazonがまたしても面白げなサービスを始めるようです。

2000円程度でテレビの番組をDVD-Rに焼いて自宅まで届けてくれるとか。

確かにテレビ番組って、「これ見たいなぁー」と思っていたものに限って、ついつい見逃してしまうもの。そんなとき、こんなサービスがあったら、注文してしまうかもしれません。

テレビ局側も、わざわざDVD用のパッケージを作ったりすることなく、お手軽に放送ソフトで利益を出せるわけですから、話に乗ってきたんでしょう。

このサービス、日本でもやって欲しいですが、まあ当面は無理でしょうねぇ。

日本のテレビドラマやバラエティ番組のDVDの値段がそもそも高いですから。お金がかかっているハリウッド大作のDVDよりも値段が高いというのが不思議な感じです。それだけ日本のテレビ局って、大仰に構えているんですよね。

2006年4月24日

サラリーマン増税額checkツール

@niftyで増税について考えるブログツールが公開されていました。

年収や配偶者等の情報を入力して、「増税額を計算する」をクリックすると、増税分の額を算出してくれます。(6月28日まで)

増税ってのは単純にイヤなんですが、国の借金が膨大なものになっている今となっては仕方ないのかなという気もします。って、そんなこと思ってちゃ政治家の思うつぼなんでしょうね。

サラリーマン増税反対! 増税よりまずは支出を減らす努力をしてください!

2006年4月23日

ケータイでblogに動画アップロード

JUGEMのpaperboy&co.がまたもや新しいサービスを始めました。

その名も「ロックする動画サービス、3ミリ」です。

サービスの中身は簡単で、ユーザ登録したら、ケータイで撮影した動画をメールに添付して所定のアドレスに送信するだけで、ブログ上に表示されるというもの。

撮影した動画を、編集して、プレーヤで読み込まされるようにして・・・といった煩雑な作業を一気になくしてしまったところがかなり良い感じです。

町中を歩いていて、おもしろいものを見つけたらケータイで撮影してメール送信するだけで、公開できてしまうというこのスピード感はかなり魅力ですね。

試しにこのページのサイドバーにも配置してみました。

ネックは、メール送信にかかるパケット代かなぁ。そのうちWINのパケット定額制にしようと思っているので、そうなったら気兼ねなく動画をアップできるんですけどねぇ。

2006年4月22日

結婚式

義兄さんの結婚式に出席するため、親子3人で浜松へ行って来ました。

会場はJR浜松駅前の「オークラ・アクトシティ・ホテル」。駅前に堂々とそびえ立つ45F建ての立派なホテルです。

静岡では結構有名なホテルで、「結婚式をあげるならここ」って感じらしく、係員に連れられて館内を見学しているカップルを、式が始まるまでに何組も見かけました。

親族と親しい友人だけで質素に行った自分たちの結婚式とは対照的に、「いかにも結婚式」という感じの豪華で優雅な式でした。

驚いたのが、余興の多さ。

詩吟、尺八、短歌、日本舞踊、フラメンコ、歌、弾き語り、と余興として出てきそうなものは大抵出てきました。

その中でも圧巻だったのが、弾き語り。

義兄さんの後輩という人が、ギター片手に「この日のためにオリジナルソングを作ってきました」と、歌い出したのです。これが激うま。曲も、これから結婚生活を始める2人を応援する内容で、胸に染みました。

世の中にはすごい素人が思っている以上にいるもんだなぁと改めて知らされた結婚式でした。

それにしても、結婚式には小さな子供(乳幼児)を連れて行くものじゃないですね。気を遣って頂いてベビーベッドとか用意してもらっていたんですが、結婚式の大音量で子供がびっくりして泣いちゃって大変でした。その割に、泣き声は音響にかき消されたせいか、式が終わった後色々な人から「式の最中おとなしくしていてお利口だったねぇ」と声をかけられる始末。息子が誉められるのは嬉しいのですが、親の苦労が分かってもらえてないなぁと思うとちょっと悲しくなりました。

2006年4月21日

息子、風邪をひく

妻に引き続き、息子も体調を崩してしまいました。

夜中に、「熱があるみたい」と妻に起こされ、はかってみると熱が38度。身体が汗でびっしょりで、だいぶしんどそうでした。

氷で頭を冷やしてあげたり、楽な姿勢で寝かしてあげたりしてみましたが、30分おきに泣き出してました。

子供の世話をしながら、自分が子供の頃熱を出したときに母親から「あー、代われるものなら代わってあげたい」と言われていたのを思い出しました。あのときの母親の気持ちはこういう気持ちだったのかなと、二十年近く経った今ようやく分かりました。

明け方には一旦熱は引いたのですが、大事をとって会社はお休み。

土曜日は、義兄さんの結婚式のために浜松へ行くことになってます。

長時間の移動が心配ですが、なんとか乗り切らないと。

2006年4月20日

特需終了

今日でMSNサーチで実施されていたイベント「ホリのものまね100連発」が終わってしまいました。

おもしろコンテンツが閉鎖されるってのも残念なんですが、実はこのイベントのことを2月26日のエントリで書いて以来、「ものまね」とか「えなりかずき」というキーワードで検索して来る人が結構いたんですよね。多いときで1日1000人とか。

アクセスログを見ると、たいていの人はそのページだけ見ていくんですが、中には一通りエントリを読んでくれる人もいたりして。

せっかく僕のサイトのアクセス数を上げてくれていたのに、また明日から元通りのアクセスに戻ってしまうんですねぇ。残念です。

2006年4月19日

保育園事情

AERAに「入園基準 わからなすぎ」という都会の保育園事情を綴った記事が載っていました。

保育園と幼稚園の違いが分からないという人は、まずこちらをご覧下さい。

小学校に行く前準備的な意味合いの幼稚園に対し、保育園は両親が共働きだとか身体が不自由とかで日中の育児が困難な家庭を助けるという目的であるものです。

この保育園の数が今足りないらしいのです。

例えば、川崎市では、認可園への入所申請が4908人なのに対して、内定したのは2828人だというのです。およそ2000人近くの子供が認可園に入れないという現状があるのです。

記事では、この申請が通る基準が不明確だ、ということに触れていました。

僕が住む北区は、幸いにして東京ではかなり育児環境が良い部類のようです。(ここ参照)

引越で家を決めるとき、育児環境について真剣に調べなかったので、たまたま保育園に通わせることができて、ちょっとほっとしました。(実は引っ越し先の候補として川崎市も挙がってました)

最近は、大型マンションがあちこちに建設され、若い人でもマンションを購入する人が多いと言います。共働きを考えているのならば、そのときにちゃんと保育園の数やキャパを押さえておくことをおすすめします。似たような世代が集まりやすいマンションだと、保育園がマンションの目の前にあっても、入れないということになりかねないので。

それにしても、勉強すればするほど、都会は子育てに向かない環境だなぁと思います。少子化になるのもうなずけます。とか書いていたら、僕の郷土、鹿児島も保育園事情が今ひとつらしいと教えてくれました。難しいですねぇ。

2006年4月18日

竹原慎二ボコボコ相談室

竹原慎二ボコボコ相談室 ROUND6-2 "やりたいことが見つかりません"

いやー、いいなー、竹原。

「やりたいことが見つかりません」という相談に対して、

「知らねーよ。」の一言。

いや、相談になってないんで。

この文体から滲み出る「ガチンコ」の臭い。良いですねー。

竹原にカツを入れてもらいたい人は、リンク先の投稿フォームから悩みを投稿してみてください。

2006年4月17日

出版社倒産

岡村日記「本を出した出版社が倒産した その8(その後のこと3)」

会社の先輩が本を出版した出版社が倒産してしまいました。

債権者説明会の様子について先輩のブログ「岡村日記」で詳細に綴られていて、かなりおもしろく(不謹慎か)拝見させていただきました。

その中で、特に興味を持ったのが、mixiに被害者の情報交換コミュニティが作られたという話とブログを見て接触してきたという新聞記者の話。

mixiの話は、SNSの使い方としてこういうのもあるんだなぁという感じ。

「出版社がつぶれた!」となったときに、「じゃあmixiで情報交換を」と発想が繋がり、それに賛成して実際にことが動くのがすごいです。

さらに、新聞記者がネット上で情報を探して(もちろんここだけが情報源じゃないとは思いますが)、ブログの記事を見つけ、うまくまとまっているからコンタクトを取ってみようとなっているところ。

インターネットが始まるまで、新聞記者が個人の書いた手記を見る機会なんてそうそうなかったでしょうし、さらにブログの普及でネット上の玉石混合の記事のレベルが底上げされ、検索しやすさが増したことを暗に示していて、マスメディアと庶民との関係が徐々に変わってきているんだなと言うのを感じました。

2006年4月16日

サンボマスター「僕と君の全てをロックンロールと呼べ」

サンボマスターの新譜「僕と君の全てをロックンロールと呼べ」を聞きました。

18曲74分の大作なんでまだまだ聞き込めてませんが、2曲目の「手紙~来るべき音楽として~」は胸にじんと来ました。

サビの「分かち合うことの美しさと 分かち合うことの喜びは あなた自身で確かめて」というメッセージが良いです。

2006年4月15日

好き? 嫌い?

デートの待ち合わせ場所に向かうと、彼女のTシャツは、胸に「Hate」(嫌い)の文字が。

「えー、そんなこと服でアピールしなくても・・・」とがっかりして、彼女の横のショーウィンドウに目を移すと、そこには「Love」(好き)が。

そんなシチュエーションですかね。

なかなかのアイデア商品です。日本語でも似たようなことできないかな。

2006年4月14日

アイフル

成果主義が一因=アイフル社長陳謝、辞任は否定

違法行為でアイフルに業務停止命令が下ったとか。

強引な取り立てが問題になったようですが、いくらCMでかわいいイメージを売り込んでいるからって、所詮金貸し業ですからね。銀行預金の金利に比べたらだいぶ高い貸付の金利を見たら、あまりあそこでお金を借りようとは思いませんけどねぇ。まあ、世の中には色んな事情を抱えた人がいますし、じゃあ他にどこでお金を借りるんだと聞かれてもすぐに答えも出せないので、仕方ない面もあるんでしょうけど。

この件で、業務再開後の取り立てが多少優しくなるのか。はたまた、停止期間中の損を取り返そうとより激しい取り立てが行われるのか。

まさしくCM通り、「どうする? アイフル?」になっちゃいましたね。

2006年4月13日

ロハスとは?

最近よく「ロハス」という言葉を耳にします。

自分には関係ないワードとして聞き流していたんですが、小池環境大臣がテレビで口にしていたんで、結構メジャーな言葉なんだと思い、調べてみました。

ロハスとは、「地球環境保護と健康な生活を最優先し、人類と地球が共栄共存できる持続可能なライフスタイルと、それを望む人たちの総称」のことだそうです。(ロハスクラブより)

うーん、なんかよく分からないです。

ロハスを形成するのは、「健康的な暮らし」「自然環境への配慮」「五感を磨く」「古いものと新しいもの」「つながりを意識する」「接続持続可能な経済」の6つのキーワードだとか。

「接続可能な経済」ってのは、英語からの直訳っぽくて意味がうまくつかめませんね。(「持続可能な経済」の間違いでした。ようやく意味が分かりました 2006/4/16)

これまた最近流行の「スローライフ」と似たようなものなんでしょうか。

誰か知っている人いないかなぁ。

2006年4月12日

Googleアラート

最近重宝しているのが、GoogleのGoogleアラートという機能。

http://www.google.com/alerts?hl=ja (Googleへのログインが必要)

検索ワードを指定しておくと、毎日更新されるNewsを自動検索してくれて、新規で登場した記事があればメールで連絡してくれます。

仕事上気になる単語(例えば顧客の会社名とか技術名だとか)を登録するだけで、自分でわざわざ情報を探さなくても教えてくれるというわけ。

使い方によってはもっと応用が利きそうな機能です。

2006年4月11日

みんなあかちゃんだった

「みんなあかちゃんだった」という絵本を買ってみました。

3才までの赤ちゃんの成長を可愛いイラストと文字で綴った絵本です。

子供より大人の方が楽しめるかも。

過ぎた月齢のページでは、「あー、こんなことあったあった!」と喜んで、先の月齢のページでは、「これからこんなことあるんだ!」とわくわくできます。

「こんなことやるの、うちの子だけじゃなかったんだ」と安心もできたり。

小さいお子さんをお持ちの方にはおすすめの本です。

2006年4月10日

なんかエロくない?

「Webやぎの目」で「小エロ」というコーナーがありますが、僕も見つけちゃいました、小エロ。

コンビニのレジの横に、「なんこつ入りつくね棒 100円」というチラシが貼ってありました。

↑なんこつ入りつくね棒

で、このチラシ上のつくね棒の画像が、ネットから取ってきたものらしく、解像度が小さいのを無理矢理大きくしてあって、まるで「薄モザイク」かかってるみたいに見えるんですね。

↑こんな感じ

なんかエロくないですか?

2006年4月 9日

ハイハイできたよ!

息子がとうとうハイハイで前に進むことができるようになりました!

目の前でその姿を見たときは、感動のあまり「ハイハイしたどー!」と叫びたくなりましたよ。

また、ちょっと前から、お座りの姿勢を維持することができるようになっていて、ご飯どきなんかは、机の横にちょこんと座らせていると、僕らが食べている様子をじーっと興味深げに見つめています。

そういや、昨日くらいから、うんちの臭いがオトナのうんちの臭いに近づいてきているんですよね。

毎日が成長と発見の連続で楽しいです。

とはいえ、嬉しいことばかりではありません。本によると、寝返りうてるようになったり、お座りできるようになったり、と成長のタイミングで、赤ちゃんは寝ぼけながらその練習をするそうなのです。で、その練習の途中で目を覚ましてしまい、泣くのだとか。

そういえば、ここ最近、夜中にちょくちょく泣いて目を覚まさせられることが多いです。

これも成長の証と思えば、なんとか我慢できる、かなぁ。

2006年4月 8日

スープカレー 心

スープカレー 心 池袋西口店」に行ってきました。

スープカレーを食べるのは、恵比寿の「イエローカンパニー」に続いて2度目。

14種の野菜とソーセージのカレー(ソーセージはトッピング)を注文しました。野菜が多く(野菜カレーだから当たり前ですが)、スープと具が絶妙にマッチしていて美味しかったです。野菜のゴロゴロ感が、三鷹の「カレーの店 プーさん」で食べたカレーと雰囲気が似てました。見た目結構ボリュームがあるのですが、スープがさらさらしていて、さっぱりしているので、いくらでも食べられそうでした。

ベビーカーで入店できたのも良かったです。お店が地下で、かつ出入り口の階段が狭かったので、ベビーカーの上げ下げが若干大変でしたが。

そのうちまた行きたいと思います。あと、「イエローカンパニー」にも。

2006年4月 7日

コミュニケーションって?

今年度、新卒採用のグループ面接の面接官をやらせてもらうことになりました。

3月の終わり頃から始まって、4月の頭でちょうど折り返し。これまでに20名ほどの学生さんと話をしてきたのですが、これまでの面接の中で「コミュニケーション」というキーワードが良く出てきました。

「私は○○○をして、バイト仲間とコミュニケーションを取りました」「○○○を成し遂げるためのコミュニケーションの大切さを学びました」とかとか。

そういう話を聞いて、自分でも「コミュニケーションって何だろう」と考えるいいきっかけになりました。会社でも「コミュニケーションを取れるようにする」みたいな目標がちょうど掲げられていたりして。

で、僕なりに考えた結果が、「"communication"って"community"と繋がっている言葉なんだ」という気づき。どちらからどちらの言葉が派生したのかは知りませんが、communication - communicate - communityって関連してそうだなと。

「コミュニケーション」って言葉は、ただ単に「連絡を取る」とか「情報を伝える」という意味だけじゃなくて、「共同体を作るための働きかけ」って意味もあるんじゃないかと思ったのです。

そう考えたとき、例えば会社では「報・連・相をしっかりすること」がコミュニケーションを取ること、みたいに考えられる風潮があるのですが、本当にそうなのかと思うわけです。特に最近は、「見える化」みたいなのが流行っていて、定量的に、数字で表現しろ、とか言われるのですが、それがコミュニケーションを取ることに繋がるとは思えません。

数字とか定量的な評価って、communityに属していない人に対して説明するときは必要でも、同じcommunityであれば、そこまでこだわらなくても良いんじゃないかと思うのです。

例えば自分の住んでいた町で、「○○さんの家が大変なことになった」なんて話を聞いたら、「それは定量的にどういうこと?」なんて聞いたりしませんよね(地方出身者だけかもしれませんが)。大変なことになったら大変なことになっているわけで。そのことを言ってまわっている人の性格とか、○○さんの家の状況は、少なくともそのcommunityでは共通認識としてあるわけです。その共通認識を作り上げていくのが「コミュニケーション」なんじゃないかなぁと思うのです。

「社内は良くても、数字がないとお客さんに説明する偉い人が困るんだよ」と言う反論が出てきそうですが、困るってことは、説明する偉い人と、説明を受けるお客さんとの間でコミュニケーションが取れていないってことなんじゃないでしょうか。

コミュニケーションの話からずれてきましたが、学生さんの話の中で「定量的に」とか「見える化」とかいう言葉が出てきていて、兎にも角にも数値化すれば良いと盲目的に信じているような人が多いので、気になっているのです。

数値化は結構なことなんですが、数値化したからすべての状況が分かるとかすべて説明できるというのは大嘘です。所詮それも、ある側面から見た数字でしかないわけで。その数字を吟味して見えてくる何かは、結局、そのcommunityの中にある共通認識の部分だったりするんじゃないかなと。

最近の社会は、リアルの世界でコミュニティを作るということに難しさを覚えてしまう人が多くなってきているように思います(若い人だけじゃなくて)。他人の懐に一歩踏み込んだり、或いは自分の懐に相手を踏み込ませたりすることをやって、初めて「コミュニケーションできました」と言えると思うのですが、どうでしょうか。

こんなこと書いている自分も、なかなか苦手だったりするのですが。

2006年4月 6日

死の壁

養老孟司さんの「死の壁」を読みました。

大ヒットとなった「バカの壁」の続編にあたる作品ですが、「バカの壁」を読まずにこちらを先に読んでしまいました。

日本人が避けて通る「死」について、養老さんの考えが綴られており、すっと頭に入ってくる内容でした。

本の中で印象深かったのが、「死」の話ではなくて「人は変わるものだ」という話。

日本人は、自分は不変のものであるという考えが根底にある。だから、何かで失敗しても「あのときの自分はおかしかった」とか「冷静な判断力を失っていた」と、正常でなかったから失敗したというロジックに持っていってしまう。自分が変わらないと思っているから、失敗した自分を認めたくないのだ、という論旨でした。

何かのおりに「あのときああ言ったじゃないか」と指摘されても、変な言い訳するんじゃなくて、「あのときはそう思っていたから」とさらっと言えるようになりたいです。過去の自分を否定することはなかなか難しいですが、これができるのとできないのとでは、人としての深みがずいぶんと違うと思うので、これから意識していきたいです。

2006年4月 5日

保育園入園式

保育園の入園式に行って来ました。

晴れやかな空の下、桜の散る中で、といきたかったのですが、残念ながら外は雨。せっかくのハレの日なんですが、お天道様に文句を言っても仕方ありませんね。

保育園に着くと、これからお世話になる教室へ案内されました。僕らが一番乗りでしたが、しばらく待っていると次々と「オトモダチ」がやってきました(正確に言うとまだ友達じゃないんですけど、この世界では知らない子供でもこういう風に呼ぶようです)。

最終的に8名ほどの赤ちゃんが勢揃いしたのですが、これだけ赤ちゃんが揃うと、色々と気づかされることがあっておもしろいです。これまで、同年代の赤ちゃんを見たことがなかったので、息子の一挙手一投足が「他の子はこんなことしてない!」って分かっちゃうんですよね。

例えば、小鹿のポーズ。

うちの息子がまだハイハイができず、両手両足で身体を持ち上げて「生まれたての小鹿」のような姿勢を取ることを以前書いたのですが、その場にいた他の赤ちゃんは誰もそんなポーズを取っていないのです。うちの息子より小さい女の子は、涼しい顔してズリバイ(お腹を床に付けたままのハイハイ)できている始末。びっくりしました。

あと、うちの息子は脇の下を持って身体を持ち上げてやると、大喜びで足を伸ばしたり縮めたりしてピョンピョンするのですが、これまた他の子はまったくそんなことする気配ないんですよね。

この世に産まれてきてまだ半年しか経っていないのに、早くもそれぞれに個性が芽生えてきているのを実感できました。

その後、保育園のホールに集められて、先生の紹介や年長組による歌の歓迎を受けました。

歌の発表のとき、ぼーっとして自分の出番を忘れる子がいたり、歌うときのフォーメーションを変えようとしてバタバタしたりと、「さんまのカラクリTV」で素人投稿ビデオに登場するようなプチおもしろい場面が次々と展開されて、楽しかったです。

数年後は、自分の息子が新しい「オトモダチ」を迎えるために、歌ったり踊ったりするんだろうなぁと思うと、今からその日のことが楽しみになってきました。

2006年4月 4日

ぐっときた言葉

心に残るエントリー ~ Bob Parsonsのサバイバルルール16か条 ~

ぐっとくる言葉が、百式のサイト管理者が運営するlifehacks系サイト「idea * idea」で紹介されていました。

「辞めたいという誘惑は、あなたが成功するほんの一歩手前でもっとも大きくなる」

つまりは、「辞めたい」と思ったときに何の考えもなく辞めてしまうと、成功には結びつかないってことで。当たり前と言われればそうなんですけど、「辞めたい」と思っているときの心理状態って、とにかくネガティブな方向に行ってしまうものです。そんなとき、気持ちをぎゅっと引き締めてくれる良い言葉だと思います。

2006年4月 3日

働きながら育児をすることについて―――その3

「なぜ、男性も育児休業を取得できるように」求められているのか。それは、働きに出ている男性が仕事に追われて、家庭を顧みる時間も余裕もなくなるからです。

ということは、逆に仕事に追われている男性が育児休業を取得して数ヶ月から1年育児をしたところで、職場に復帰したらまた残業・休日出勤の毎日が待っているということです。育児の大変さを経験できるだけでも多少の価値はあるのかもしれませんが、この「働きすぎる」「働かされすぎる」日本の会社の体質を何とかしないと、出生率はどんどん下がっていくのではないでしょうか。

高度経済成長期、明日の日本を作るため、(主に)男性は馬車馬のように働きました。その結果、家庭のことは奥さんに任せっぱなし。逆に言うと、妻の助けがあってこそ、遮二無二にがんばれたわけです。さらには、近所のおじちゃんおばちゃんの助け合いや、祖父母の援助があって、みんなで頑張って来れた。

ところが、最近は地方から出てきて、周りは他人だらけのマンション暮らし。子供が産まれたは良いけれど、なかなか頼れる人が周りにいない、そんな夫婦が増えているそうです。僕の家庭もこれと同じで、周りに頼れる人はいません。

だからこそ、身近な存在である職場の人たちには支えてもらいたいなぁと思ってしまいます。家の近所の付き合いは減ったかもしれませんが、職場の付き合いはあるわけです。

それは「子供がいるから特別扱いを認めてください」ということです。身内に重い病気の人がいたり、或いは自分自身の体調が悪い場合は、割とすんなりと特別扱いが認められるのに、何故子供ではだめなのか。

子供がいない皆さん、子育てって想像以上に大変ですよ。カワイイ子供と一緒に遊べて良いね、と良く言われますが、そんなのは育児の中のほんの一コマです。訳の分からないことで延々と泣かれたり、2~3時間おきにご飯をあげたり、おむつの面倒をみてあげたり。下手すると仕事以上に骨が折れます。

実際に子供がいないと、こういうことを想像するのは難しいですが、少なくとも育児休業が「子供と楽しい時間を過ごすため」にあるのではなく、「子供の面倒を見ることの大変さを実感するため」にあるということを分かって欲しいなぁと思うのです。

(終わり)

2006年4月 2日

働きながら育児をすることについて―――その2

続いて、「育児休業制度が現場の実態にそぐわない内容であることが多い」という問題について。

少子化対策のためか、或いは男女隔てなく仕事に従事することができるようにするためか、国は企業に育児休業制度等の制定を求めました。

が、あくまで制定を求めただけで、「子供が産まれたら強制的に育児休業を取得すること」なんてことには当然ならず、実際の運用は企業任せになりました。その企業の中でも、国から求められている「制度の制定」というところまでは実施しても、実際にその制度を利用する人を後押しするような動きはなかなか見られません。

「少子化だから何か手を打たないと国民の突き上げがあるぞ」と慌てて企業に制度の制定を求めた国と、「国から制度の制定を求められたからとりあえず何か制度を作らないと」と制度を作った企業。実際、現場ではどんな問題があって、どんなことで困っているのか、どんなことで育児休業が取得できないのか、或いは育児休業を制定して欲しいと求められている背景は何なのか、なんてことにはほとんど注意がむけられていません。

じゃあ現場ではどうかというと、営業などの顧客相手の部門に所属している人物は、なかなか制度の利用を認められていないようです。或いは、育児休業を取得した人でも、その期間が終わると、以前のように残業・休日出勤の日々が待っていたり、閑職に追いやられてしまったりしています。

「うちは育児休業制度がありますから、共働きで子供がいる従業員に優しい企業です」なんて宣伝する企業もたまにあるようですが、制度があることと実際に利用している人がいることはまったく別です。この点、育児休業制度に限らず、フレックス制度や成果主義制度などの目新しい○○制度と名がつくものは、たいてい制度が名ばかりになっていることがあるので、注意が必要です。

国から「育児休業制度を制定しろ」とお達しがあったときに、じゃあ自分たちの会社では何ができるのかを考えていれば、こういう問題もある程度は回避できるはずです。

(明日へ続く)

2006年4月 1日

働きながら育児をすることについて―――その1

NHKの番組「日本の、これから」を見ました。

番組の内容の一部が、男性の育児への参加の是非についてでした。

実に興味深かったです。

と言うのも、つい先日まで僕自身も育児休業を取れないものかと、職場の上司に相談していたからです。

一時は「育児休業取れないなら会社を辞めてもいいや」と、辞表まで用意したのですが、色々ありまして、結局フレックスを利用して朝10時出社を認めてもらうとか、なるべく早く帰れるようにするとか、そういうことで対応する形になりました。

この件について、妻や職場の上司、友人知人と色々意見交換をして、気づかされることも多かったので、「日本の、これから」という番組を見て感じたことも含めて、ここに記しておくことにします。

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男性の育児への参加の話題は、育児休業の取得うんぬんという切り口で語られることが多いのですが、突き詰めていくと結局、男性女性に関わらず、「働き方」や「仕事」の問題に直面します。断言します。働いている、特に企業に勤めている会社員にとっての育児の問題は、イコール仕事の問題です。

男性が育児休業を取得しようとした場合に問題になるポイントを2つに絞ってみます。「男性が」と限定したのは、女性の場合、往々にしてこれらの問題は「雰囲気的に」無視される傾向にあるからです。

  • 休む(早く帰る)人の代わりになる人間が(すぐには)見つからない
  • 育児休業制度が現場の実態にそぐわない内容であることが多い

まず、「休む人の代わりになる人間が見つからない」という問題から。

どんな仕事においても、「その人じゃなくても(誰でも)できる部分」と「その人じゃなければできない部分」があります。その割合は職種によって変わります。

「その人じゃなければできない部分」の割合が高い仕事は、なにかの設計であったり、デザインであったり、脚本を書く仕事だったり、絵を描く仕事だったり、その人が創出する価値がその仕事の価値に直結する仕事です。

また、顧客と直接接している営業といった職種も、顧客に育児休業についての理解がなければ、「あそこの会社はなに甘えたことを言ってるんだ」と担当者を怒らせてしまったら、取引がなくなってしまうことも考えられます。

「その人じゃなければできない部分」の割合が低い仕事は、流れ作業に乗ってやる仕事です。例えば、工場でベルトコンベアで流れてくる本体にある部品をはめ込む仕事です。ただし、あくまで割合が「低い」だけであって、ゼロではありません。作業の質やスピードは、その担当者が持っているものがあるでしょうし、その人が休憩時間や終業後に仲間と会話をすることで職場の雰囲気を良くしていたり、或いは、「もっとこうした方が生産性が上がるんじゃないですか?」と新しいことを提案したりと、その人独自の価値を出している部分があるはずです。

こういう「この人が抜けたら、仕事上こういう穴が空く」という部分について、会社として、現場として、どういう風にフォローしていくのか、ということについては、実際のところあまりきちんと議論されていないように思います。

これからは、「職場のAさん(男性)の奥さんが妊娠した」という状況が発生した場合、その職場の管理者は「Aさんが育児休業を取得する場合、このようにフォローする」という計画(管理者にとってはリスク管理?)を立てなければならなくなってくるでしょう。

(明日へ続く)